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The locus of the moon

The locus of the moon

月夜の闇(ロルフィーネ・ヒルデブラント)

月夜の闇 【第一幕 黒き森】


- オープニング -

「もーいーかい」
月の美しいあの夜、かくれんぼうをしていたんだ。あの森で。
幼い日あの子と一緒に。
「まーだだよ」
あの子はそう答えた。だから待ってたんだ。
「もーいーかい」
もう一度問いかけたときあの子の声は聞こえなかった。
何度も問いかけたけれどあの子は消えた。
そう、消えてしまったのだ。

「黒き森か」
新崎アリスは月明かりの中、地図を見つめながらそう呟いた。
依頼者からの依頼はこうだ。

最近毎晩同じ夢を見る。
そしてそのあと黒い影が自分の首を絞めてくる。
その黒い影をなんとかしてほしい。

そんな依頼だった。

新崎アリスは一抹の不安を覚え、精神カウンセラーで退魔師でもある佐野観月に協力を求めた。
そして二人は依頼者から指定された場所へと移動したのだった。


- 依頼者 岩崎静香 -

依頼の電話がかかって来たその日、新崎アリスは病院へ行く途中だった。
月に2回通う通院とカウンセリング。
依頼があったのはちょうどその日だった。
学校を早退し、バスに乗ろうとしたその時アリスの制服のポケットに入れてある携帯電話から着信音が流れた。
アリスは電話に出るとバスを1本見送ると、電話の主と話を始めた。
「はい、新崎です」
『あ、あの。退魔師の新崎アリスさんですか?』
声の主は20代前半と思われる若い女性。
「はい。ボクが新崎だけど依頼?」
そう答えると、声の主は少し疑わし気にもう一度同じ言葉を繰り返した。
『本当に新崎さんですか?』
アリスはまたかと思いながら言葉を返した。
「そうだよ。ボクが新崎だって言ってるだろ』
いつもの事だがアリスの年が16歳と若いせいか依頼主は決まっていつも同じような反応を示す。
年令が若いため不安があるのだろう。アリスはそう理解しているのでいつものこの反応を当然のように対応している。
『あ、あの。本当に大丈夫なのでしょうか?私の依頼を解決できるのでしょうか?』
その問いにアリスは冷静に答えた。
「ボクの年令を気にしているの?大丈夫。ボクはこの仕事を7歳の頃からやってるから。心配しなくてもいいよ。任せてよ」
その言葉に電話の主は、ほっとしたような声を出しはじめて名前を名乗った。
『よかった。申し送れました、私は岩崎静香と申します。年令は22歳。大学生です』
アリスはバス停のベンチに腰掛けると、学校指定のカバンの中から手帳を取り出した。
そして手帳に依頼人の名前等を素早く書き込んだ。
「岩崎さんだね。依頼はどんな内容?」
いつものように事務的な声でアリスは尋ねた。
依頼者はその声に少し戸惑いながらも依頼内容を話しはじめた。
『本当にこのような話信じていただけるのか……。私、毎晩夢を見るんです。もう2週間になります。黒き森と呼ばれる場所で近所の女の子美咲ちゃんって言うんですけど、とかくれんぼうをしていて、そこで女の子を見つけられなくて。そしてそのあと黒い影が自分の首を絞めてくるんです。
その黒い影をなんとかしてほしいのですが……』
岩崎静香はそこで言葉を濁した。アリスは不思議に思い依頼者に問いかけた。
「何か心当たりでも?」
その言葉に岩崎静香はしばらく黙り込んだが、意を決したようにアリスに話しはじめた。
『私、2週間前に近所の女の子と黒き森でかくれんぼうをしていたんです。それで女の子を見つけられなくて……てっきり家に帰っているものかと思っていたのですが、先日女の子の両親から電話があって。……娘が帰ってこないって」
「つまりその子があなたの夢に出て来ている、そう考えてるんだね」
『はい』
アリスは少し考えると岩崎静香に向かい話しかけた。
「了解。話はわかったよ。じゃあ、土曜の夜に黒き森と言われる所に行ってみよう。まずはそこからかな?もしキミに何かが取り憑いているのであればそこでなんとかする。それでいい?」
『わかりました。それでは土曜の夜、9時頃に黒き森の手前にある公園でいいですか?」
アリスはその問いに手帳を見ると時間が空いている事を確認した。
「了解。じゃあ9時に。あ、そうだ。同行者がいてもかまわないかな?同業者なんだけど、もしかしたらその人の力も必要かもしれないから」
アリスの言葉に依頼者は同意した。その声を聞くとアリスは
「それでは土曜の9時に黒き森で」
そう言って電話を切った。

「で、何で私の方に話をふるのかしら?今日はカウンセリングに来たのでしょう?」
佐野観月は不機嫌そうにアリスへ話しかけた。
「だって観月、土曜は休みじゃん。たまにはボクの仕事を手伝ってよ。それに、もしかしたら観月の力が必要になるかもしれない」
「心の中に入るってこと?」
佐野は人の心の中に入ると言う能力を持っている。しかし滅多にその能力を使う事はない。
しかしアリスはそれが必要だと言う。
「仕方がないわね。土曜の夜9時に黒き森ね」
その言葉にアリスは首を横に振った。
「ううん。土曜の8時半にボクの家に来て。黒き森の場所と方角とか位置的なものを調べたいから」
その言葉に佐野は仕方がないというように言葉を吐いた。
「了解」
その言葉に満足げに頷くとアリスは診察券を受け取ると診察室を後にした。


- 消えた少女 -

黒き森の中にある黒き館。そこには人間と異なる種族が住んでいた。
「う、ひっく。おうちにかえしてよ。おねがい。おねえちゃん」
美咲は大きな瞳から涙を流し、目の前の少女に向かい懇願した。
「うふふ、だーめ。ボクと一緒に遊ぶの」
月明かりの中美しく輝く黒髪と血のように赤い瞳を輝かせ、その小柄な体を小さくかがめ美咲に近づくとロルフィーネ・ヒルデブラントは悪戯そうに笑いながら美咲の頬を撫でた。
月と黒の魔法を使い分ける強力なバンパイアの魔法使いロルフィーネ・ヒルデブラント。
外見年齢13歳のハーフエルフの吸血鬼である彼女は幼さの残るその残酷さで美咲に話しかけた。
「美咲が可愛いからボクの妹にするの。ボクと同じ時間を共有する。楽しいよ」
ロルフィーネのその言葉に美咲はさらに鳴き声を大きくした。
「泣いてもダメ。ボクが欲しかったものをやっと手に入れたんだから。楽しいよ。ボクと同族になりなよ」
ロルフィーネはそういうと美咲に近づき、肩までのばした黒髪を優しく撫でる。
そしてその柔らかな首筋に牙をたてた。。
そして美咲の血をすすり上げると陶酔した表情で美咲を見つめた。
陶磁器のような白い肌に美咲の穢れ無き赤い血が滴り落ちるとロルフィーネはその血を拭いもったい無さそうに舌で舐めた。
「これでボクと同族だね。もうすぐ……もうすぐだよ。本当のボクの妹になれる」
美咲はその言葉を聞くとそっと目を閉じた。
「うふふ。妹……大事にするからね」
ロルフィーネは笑うと美咲の体をそっとベッドに寝かせた。


数日後目が覚めた美咲にロルフィーネは食べ物を持っていった。
「いや!こんなの飲みたく無い!!」
美咲はロルフィーネの持って来た新鮮な血の注がれたグラスを勢い良くはねとばした。
幼い体を震わせると美咲はベッドの中に潜り込んだ。
ベッドの中に潜り込んだ美咲を見るとロルフィーネはそっとベッドに座り話しかけた。
「でもボクと同族になったんだから人間の血を飲まないと死んじゃうよ。ボク美咲に死んで欲しく無いな」
優しくそう話しかけるが美咲にはその言葉は届かなかった。
ロルフィーネは仕方ないという顔をするベッドの枕元に置いてあったベルを持つとならしはじめた。
しばらくすると部屋のドアを叩く音がした。
「お入り」
ロルフィーネが声をかけるとドアを開けてメイドが入って来た。
「ロルフィーネ様、何か御用でしょうか」
メイドの問いにロルフィーネは
「この壊れたグラスを片付けて。それから、この子に人間の食事を作って」
そう言うとメイドの耳元に近づき
「ただし、人間の血を混ぜてね。美咲が死なないようにね」
そうメイドに告げると美咲の部屋を後にした。
ロルフィーネは歩きながら独り言のように呟き。
「手間のかかる子。でも手間がかかるのも可愛いかな。うふふ」

こうやって美咲は自分の知らない間に人間の血を飲ませられ吸血鬼としての能力をつけていった。


- 土曜PM8:30 -

土曜PM8:30 アリスと佐野

新崎アリスの部屋の呼び鈴が鳴らされた。
「誰?」
『自分で呼び出したんでしょ』
インターホンから佐野の声が聞こえる。その声にアリスはオートロックを解除した。
「いらっしゃい。じゃあ話そうか」
アリスはドアを開けると佐野を招き入れた。佐野観月の格好は黒のカットソーにジーンズという動きやすい格好。
佐野はアリスの部屋に上がり込むと椅子に腰掛けた。
「さてと。黒き森の位置だけどこれが地図」
そう言うとテーブルに黒き森近辺の地図を広げた。
「うーん。方位的には問題ないみたいだね」
アリスは方角を見つめるとそう呟いた。その呟きに佐野は
「ここなんだけど、昔から神隠しのある森らしいわよ。色々調べたんだけど、まあ伝説のようになっていて信じている人は少ないみたい」
佐野の言葉にアリスは頷き
「だから依頼者みたいに黒き森で遊ぶ人間がいるのか。納得」
「とりあえずは森に向かいましょう。確か森の手前に公園があるはずよ」
佐野の言葉にアリスは頷くと
「依頼者の岩崎静香ともそこで待ち合わせしてる。じゃあ行こうか」
そうして立ち上がろうとするアリスを佐野は呼び止めた。
「アリス、またその格好で行くの?」
アリスの出で立ちは黒のロリータ服に頭にはヘッドドレスという格好。そして手には霊剣草薙。
「何で?仕事だから自分の好きな格好でいいはずだよ」
「だから、動きにくく無いの?」
「全然」
その言葉を聞くと佐野は言葉を無くした。説得は無理なようだ。
佐野はあきらめるとドアをあけた。
そして二人は黒き森へと向かった。


土曜PM8:30 ロルフィーネと美咲

「いい月、お散歩にはいい天気だね。そう思わない美咲」
美咲はうつろな目でロルフィーネに答えた。
「そうだね、おねえちゃん」
ロルフィーネはその答えに満足すると美咲の手を優しく握った。
「ご飯を食べたら外に出ようか。今日のご飯も残さないで食べるんだよ」
その言葉に美咲は頷くとロルフィーネを見つめた。
「うん、おねえちゃん。ごはんおいしいね。早く食べたいね」
美咲はそう言うと虚ろに窓の月を見つめた。
ロルフィーネが普通の食事に混ぜた人間の血のせいか最近の美咲は虚ろな瞳をしている。
それはロルフィーネと同族になる傾向。
吸血鬼へと美咲の体は変化しているのだ。
美咲の意識は何者かに囚われたようにはっきりとはしないようだ。
ロルフィーネはそれを喜ばしく思い、美咲を連れて来た時以上に可愛がっている。
ロルフィーネは優しく美咲を抱きしめると耳元でそっと囁いた
「そう。ご飯はおいしいの。美咲も人間の血が早く飲めるようになろうね」
虚ろな瞳でロルフィーネを見つめると美咲は頷いた。

そして二人は食堂へと向かって歩きはじめた。


- 土曜PM9:00 -

「お待ちしてました、岩崎静香です」
依頼者は黒き森の公園の入り口で待っていた。
アリスは挨拶を交わすと依頼の話を始めた。
「美咲ちゃんがいなくなってから2週間。急いで事を進めないと大変な事になる。だからあなたの心の中に入る了解をえたいのだけれど」
アリスは単刀直入に用件を伝えた。しかし依頼者は戸惑いを隠せない。
「この森に何かがある感じはするけれどそれが何かを確かめるまでにはいたらないんだ。情報が少なすぎる。だからあなたの中に入って美咲ちゃんがいなくなったときの事を確かめたい。ボクだけが入るから何か会った時にはこの佐野があなたを守る」
その話を聞くと依頼者は頷き
「わかりました、お願いします」
その答えを聞くと、佐野は頷き依頼人に話しかけた。
「ではこのベンチにかけてください。大丈夫リラックスして」
「観月、頼むね」
「了解」
佐野が依頼者の額に手を当て何か呪文のような言葉を言い終わるとアリスの体が崩れ落ちた。
そしてアリスは依頼者の心の中へと入っていった。

5分後。
アリスの意識は戻り首を横に振ると大きく深呼吸をした。
「美咲ちゃん、この近くにいるっぽい。探そう」
そう言うと立ち上がり黒き森へと歩きはじめた。
「岩崎さんはここで待ってて。観月、いくよ」
そして2人は黒き森へと入っていった。

「お散歩楽しいね、美咲」
ロルフィーネは楽しそうに黒き森から見える月を見上げて美咲へ話しかけた。
美咲はうつろな目で同じく月を見上げると瞳から涙を流しはじめた。
その異変にロルフィーネが気づいた時後ろにはアリスと佐野がいた。
「……助けて。おねえちゃん助けて。帰りたい……帰りたい」
美咲は虚ろな瞳で言葉を心の底から絞り出すように吐き出した。
アリスはその言葉を受け
「大丈夫!ボクが助ける」
そう言うとロルフィーネに向かい斬り掛かった。
「観月!その子を保護して!!」
「了解」
その言葉を受け佐野は美咲の手を取り抱き寄せた。
「あ!ボクの妹になにするの。放して!」
ロルフィーネの目の前にアリスは現れると
「あの子はキミの妹じゃない」
そう言うとロルフィーネに向かい剣を向けた。
しかしロルフィーネもどこからかレイピアを出すとそれに応戦した。
「ボクに人間がかなうと思ってるの?」
ロルフィーネは笑いながらアリスに話しかける。
「ボクがただの人間だと思った?その時点でキミの負けだよ」
アリスはそう言い放つと霊剣草薙をロルフィーネの腹に刺しその魔力を吸い上げた。
「ああ!!いやぁ!!」
ロルフィーネは叫び声を上げると地面へ座り込んだ。
アリスはロルフィーネの声が聞こえなくなるまでその魔力を吸い上げた。


- ロルフィーネ -

「う、ひっく。何でボクをいじめるの。妹が欲しかっただけなのに。酷いよ」
ロルフィーネは泣きながらアリスと佐野に訴えた。その様子を見て二人は顔を見合わせると
「どう思う?」
「改心は無理そうね。子供の思考だわ。悪気は無いし、言い聞かせても繰り返すでしょうね」
「子供……ねぇ」
アリスはしばらく考えるとロルフィーネに話しかけた。
「ねえ、名前は?」
「……ロルフィーネ」
「ロルフィーネ。妹って言うのは無理矢理言う事を聞かせて作るものじゃない。だからロルフィーネのやった事は間違ってる。ボクに殺されても文句は言えないんだよ」
その言葉にロルフィーネは小さな声でアリスに尋ねた。
「……ボク、殺されるの?」
「また同じ事をするなら殺すよ。何度でもね」
ロルフィーネはしばらく考えるとアリスに尋ねた。
「どうやって妹を作ったらいいの?ボクどうしても欲しいの」
アリスはあきれ顔でロルフィーネを見つめた。
そしてロルフィーネの服を掴むと強い声で言い放った。
「妹は作るな。二度と同じ真似はするな。殺されたく無ければ」
アリスの有無を言わせぬその勢いと強い霊力ににロルフィーネは頷くしか無かった。
「帰ろう」
アリスはそう言うと黒き森を立ち去ろうとしたが佐野はアリスを呼び止めた
「ちょ、ちょっと!また繰り返すわよ。それでもいいの?」
佐野の言葉にアリスは振り向くとこういった
「今度やったらボクが責任を持ってロルフィーネを殺す。1度だけチャンスを与えるよ」
アリスの言葉に佐野は不満そうな顔をしたが、その強い言葉に頷くしかなかった。


月夜に起きた不思議な事件。
それはロルフィーネという幼い狂気が起こした事件だった。
また神隠しが起きた時、それはロルフィーネの命が無くなる時。

しかし幼い狂気をもつロルフィーネがまた事件を起こすのもそう遠い事ではないだろう。


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